2006.10.31
人生の監督は・・・
ヒルマン監督・・・野球日本シリーズに優勝した、北海道日ハムの監督。「シンジラレナ-イ!」と言う、彼の優勝決定後のコメントが有名になってしまいました。
実はヒルマン監督は、クリスチャンです。海外からの選手の中には、クリスチャン・アスリートは多くいますが、彼は自分の信仰をはっきりと言い表しているかたです。
私も宣教師の友人から、彼の事は聞いていたのですが、ハーベスト・タイムのメルマガで、ヒルマン監督が「私の信条」と言うトラクト(パンフレットとか小冊子のような物)を出していると言うことをしりました。
その中で、ヒルマン監督は、監督の仕事を説明しながら・・・
「監督にとって、自分のチームの選手たちをよく知っておくことは大切なことです。選手たちの長所、弱点、またそれぞれのポジションで彼らが最高の力を発揮できるように、どう助けたらよいかを知っておかなければなりません。
人生においては、全ての人の監督にあたるのは、全能で力強い、生きた神です。神は私たちが神との関係を持つようにと私たちを造り、私たちのことを何もかも知っています。私たちには弱いところがたくさんあるにもかかわらず、神は私たちを愛しています。
神は、2000年以上も前に、神の子であるイエス・キリストをこの世に送って、ご自分のことを私たちに知らせてくれました。それは私たちに、永遠のいのちという贈り物をただで与えるためだったのです。
神の祝福がみなさんの上にありますように。
トレイ・ヒルマン」
彼がクリスチャンだからといって、優勝するわけじゃありません。彼は自分の生涯に於いて、良い時も、うまく行かない時も、「人生の大監督」であるイエス・キリストの指導のもとに歩き、そして、彼を支えている神様の愛を人々と分かち合いたいという思いを持っているんですね。
読みながら、とても嬉しくなりました。
ヒルマン監督のこれからの歩みも、さらに祝福され、神様の素晴らしさが彼を通して表されますようにと祈ります。
(後日証し用カードを頂いたので写真を載せておきます)
2006.10.29
南十字星
友人のお父さんが家庭菜園でさつま芋を収穫したので、友人がそれを送ってくれた。いつもたくさん頂いてばかりなので、何かプレゼントをしたかった。
いろいろ考えて、お花や植木が好きだと聞いてたので、これにした。
「サザン・スター」と書いてあった。オーストラリア原産で、星の形をしている所から名づけられた。南十字星・・・その名前で、すっかり気に入ってしまいました。
葉はミカンの香りがするということだったので、一枚取ったら、本当にミカンの香りがしました。不思議・・・。
追記:たくさん頂いたさつま芋は友人達にも分けても、まだまだあります。蒸して、マッシュして、ブラウンハットを久しぶりに作り、熱々を皆で頂きました。次は、何を作ろうか・・・。
2006.10.28
2006.10.27
2006.10.25
昨晩の夕食
昨晩はブログ仲間のランチや夕食の話題で盛り上がりました。
私は食べ物の記事ではなかったのですが、コメントに書いたものがどんなものかをアップして見ました。
山口に行った時、姪からお土産に頂いた「みそ海老」・・・海老をボイルして味噌につけたもの、軽く焼いて戴きます。
「フグのみりん干」・・・スーパー・マーケットで普通にフグが売られている。それも、結構安かった。魚が全体に安いのは羨ましい・・。
それと、萩で買った「しそわかめ」は熱々のご飯にかけていただくと美味しい。
お世話になった姪たち家族のことを思い出しながらの夕食でした。
お皿の左はマツタケではありません。エリンギです。残念 ><;
今日は、珍しく新鮮そうなカリフラワーがあったので、サラダにしました。
マヨネーズ、粉チーズ、砂糖少々を混ぜ合わせてドレッシングを作っておく。小分けして、塩茹でしたカリフラワーと和えて、出来上がり。
2006.10.24
2006.10.23
2006.10.21
シナイ山は何処?
先日、NHKの番組で旧約聖書の出エジプト記に記されている、“イスラエルのエジプト脱出は本当にあった事か?”を検証すると言うのを見た。
http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/69.html
映画「十戒」を最初に見たのは、私がクリスチャンになる少し前のことでした。その頃、自分がその聖書に記述されている場所に訪れるなんて、想像もしませんでした。
以前、4日間でカイロ、ギザのピラミッド、シナイ半島(ジュベル・ムーサ・・モーセの山)に行き、アカバ湾沿いに、進みイスラエルのエイラートに入る。残り4日で(機内も入るので実は3日)で、イスラエルを観ると言う、バスの運転手さんも「こんなのは始めて!」と言うような超強行スケジュールでした。
イスラエルは2回目で、今回の目的はシナイ半島ですが、折角エジプトまで行くなら、やはり少しでもイスラエルに行きたいと思い、このツアーに参加しました。それと旅行会社の激安ツアーだったので、ホテルや食事にはこだわらず、これにしました。
先日の番組では、このジュベル・ムーサは聖書のシナイ山ではなく、歩いた道のり、周辺の地名・・などからして、多分別のところであろうと言われていた。
本当のシナイ山は何処だろうか?しかし正直、何処であるかに私は拘っていない。
私は、史跡などを旅する時、あまり限定された場所にはこだわらない。もちろん、それらを見るのは好きですが、むしろ、その地域の自然、空気を感じたいのです・・。
だから、イスラエルに行っても、大きな教会の建物より(それは歴史的建築として素晴らしいものですが)、ガリラヤの湖畔を歩くとかの方が、どちらかと言うと好きなのです・・・。
スエズ運河を渡って、シナイ半島にはいると砂漠が広がる。途中アイン・ムーサ(モーセの泉・・メラと言われている)にたちより、其処をしばらく行くと、次はあたり一面、ゴツゴツした岩山に入って行く・・・。
イスラエルがシナイ半島を占領していた時期があり、その頃はこの辺の人々はテルアビブなどに働きに行くこともでき、生活も楽だったとか・・。だからこの土地の人々はヘブル語も話せる人が多いとの事。エジプトに返還されて、皮肉なことに彼らの生活は苦しくなったとの事・・。
舗装された道路、冷房つきのバスの窓から何処までも続く荒涼とした岩山を見て、イスラエルの民が神やモーセに文句を言いたくなった気持ちを、想像はできても、本当に理解することは難しいだろうな~と思ったことです。
この時は、まだデジカメではなかったので、写真を再度携帯で撮ってみました。
シナイ山の頂上から日の出を待つ・・。この山の上に信じられないほどの人がいます。いろんな国から来ているようです。
突然、ひとつのグループが歌いだしました・・Oh, Lord, my God, when I in awesome wonder (輝く日を仰ぐ時、月星眺むる時・・・ 私もつられて歌ってしまいました。)
2006.10.19
2006.10.17
2006.10.14
燃える柴?
先日、私の好きな場所に行った時、目に飛び込んできたものは・・・
・・これ!
すぐに、燃える柴みたい・・・と思い、携帯カメラでカシャッ!
燃える柴とは、聖書の出エジプト記3章にでてくる。モーセと言う人が、神の山ホレブ(シナイ山)で、燃えていても、燃え尽きなかった柴を不思議そうに見ていると、神さまから、「エジプトで奴隷となっている、イスラエルの民を連れ出すように。」と命令を受ける・・・と言う記事です。
私も、ここに佇んでいたら、神さまが私の名前を呼ぶ声が聞こえるかな・・・。
(もちろん、柴が無くても、神さまは私の名を呼んだと、聖書には書かれています・・。)
以前、空海望さんが教えてくれた植物のネット図鑑を調べたら、ありました、ありました。
これは「コキア」と行って、枯れた茎はほうきの材料になるのだそうです。その実はとんぶりと言って「キャビアもどき」としても知られています。一度、東北のお土産に瓶詰めを頂いて、ご飯にかけて食べたことがあります。
これだったんですね・・・。
しばらく、木や花を眺め、帰る道でもホトトギスが群がって咲いていました。
暗くなるのが早くなってきました。秋は段々深まっていきます。
2006.10.13
可愛すぎて食べられない!
本当に久しぶりに、古い友人にあった。私がクリスチャンになる以前からの職場の先輩。私がクリスチャンになって一年くらいして、彼女もクリスチャンになり、今は牧師の奥さん・・・。
娘さんの用事で、こちらに来てしばらく滞在すると言うことで連絡をくれた。娘さんは来れなかったけれど、お母さんにこのクッキーをことづけてくれた。
可愛いネコちゃんのクッキー!友人曰く「これを選ぶのに、あれこれ迷ってなかなか決められなかったのよ・・。」
ありがとう、何よりもあなたの心が嬉しいよ・・・。
「これは誰にもあげないで、私が味わって食べる・・・。笑 」と言うと、「えー、そんな!クリスチャンでしょ!笑 」と、冗談を交わしながら、いろいろ(もちろん、シリアスな内容も・・)話し、あっと言う間に時間が過ぎていきました。
2006.10.11
山口へ (3)
山口の第3日は、皆で萩へドライブ。萩は日本の歴史に於いて近代国家へと転換させる原動力の中心地だった。彼ら志士たちの足跡は、今も萩の町の中に残っている。
最初に訪れたのは、吉田松蔭の松下村塾の跡、松蔭神社でした。途中で道の駅で止まった時、この松下村塾の様子を模型とテープで再現していました。
記憶力が弱くて、なかなか覚えられないと言う門下生に「それは良いことです。覚えられないと思うものは、何度も何度も読み返すうちに、さらに深く内容を理解することができるようになるのです。」
う~ん、今こういう先生が欲しいと思います。
久坂玄端(17歳)、高杉晋作(19歳)、伊藤博文(17歳)、山県有朋(21歳)、山田顕義(14歳)、などをはじめとする、多くの若者達ががここで学んだ。彼らの年齢の若さに改めて驚く。
こんなに若い人たちが、日本を変えていく力となって行ったのだ・・。
そのストーリーを映画にした“長州ファイブ”と言う映画ができ、山口、福岡で先に公開される。何か安倍さんの総理就任と関係付けているのだろうか。でもちょっと興味があります。吉田松陰は、松下村塾では2年間だけ教え、29歳の若さで幕府に処刑されるが、人を育てることの大切さを教えられる。
2006.10.08
山口へ (2)
山口二日目は、姪の家から歩いて行ける所にある公園の遊園地から始まった。同じ事を何度も何度も繰り返す・・・。それでも、厭きる様子もなくさらに繰り返す・・・。私も、これくらい熱中して遊びたいものだ・・・。笑
午前中は、姪の用事があったので、子供達を連れてザビエル記念聖堂を訪れた。この建物自体は新しく、1998年に完成したもの。
フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教の宣教に訪れた時、最初に布教許可を出したのが、山口の大内義隆だった。ザビエルは平戸、山口、京都などに滞在した。
ザビエル自身は、1549年から1551年までの2年ほどしか滞在していないけれども、最初の宣教師と言うことで、ここから日本のキリスト教の一歩が始まった記念の聖堂。
最近読んだ本は、「キリストの福音は景教を通して、もっと以前に日本に伝わっている可能性がある。」と言っていたけど・・・。
この日は、写真手前の芝生で、幼稚園の子供達が運動会の練習をしていた。資料館に向かう私達に、「めっちゃ暑いわ~!」と叫んでいた・・。
資料館に入ってしばらくして厭きてきた子供達は、「も~いいかい!」「ま~だだよ!」と・・。こちらでも運動会が始まりそうだったので、急いで見終えて出てきました。
2006.10.07
山口へ (1)
6月末、ご主人の転勤で姪の家族が引っ越した先は山口でした。
以前から萩や津和野は歴史的に興味を持っていたのですが、姪達の引越しで、いろいろ山口について調べると、さらに興味が沸いてきて、姉と旅行がてら彼らの所に行きましょうと話していました。
引っ越して3ヶ月過ぎて、少しは場所に慣れ、落ち着いてきているかなと思い、又、姉達のスケジュールもあったので、今回行くことになりました。
姉のご主人も一緒に行くことになり、彼らの家に泊まるのは狭すぎるので、歩いて五分くらいの所のホテルに泊まることにして、私は羽田から、姉達は奈良から車で・・・、二日の午後に山口で合流しました。
朝、地下鉄の始発に乗り、雨の中羽田に向かいました。朝早かったので、ラッシュアワーに遭遇することもなく、快適に空港に着き、目的地の山口宇部空港に到着。
羽田を出る時は、暗い空でしたが、雲を突き抜けて行くと、其処には気持ちの良い秋の空が広がっていました。
私は飛行機から雲海を下に見るのが大好き・・・。どんなに雨が降っていても、雲の上はいつも青空。雲って太陽が見えないことがあっても、それは存在する・・。
※ペテロと言うイエスの弟子の一人が湖で水の上を歩き出すが、イエスから目を離し、波を見て恐くなったので沈み、溺れそうになったと言う記事がある。
























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